環境汚染とケイ素

● 母なる水もケイ素不足

通常金属イオンなどは岩石などの固相表面(通常負に帯電しています)に吸着・吸収されますので、河川や地下水の流動速度よりも遅れて移動する事が多いのですが、ケイ酸イオンやケイ酸コロイドに錯結合すると、金属イオンが取り込まれた錯体は中性となりますので、岩石などにくっつくことができなくなり、より移動速度は早くなります。 このようにケイ酸の化学種(モノマー、ダイマー、トリマーetc・・・)およびコロイドは、陽イオンの移動速度を速めるという意味で非常に重要なのです。 例えば、鉛などの重金属による地下水や河川水の汚染を考える場合、その汚染の広がる速度や広がり方を評価するには必ずケイ酸イオンなどのキレーターの影響を考えなくてはいけません。

● 有害な赤潮はケイ素の不足が原因(
環境goo→環境ナビゲーター→第14回 海洋汚染より抜粋)

──赤潮や青潮の被害は今も深刻なのでしょうか。

赤潮は植物プランクトンのうち、おもに渦鞭毛藻の仲間が異常発生して海水がくすんだ赤色になる現象です。大量の赤潮藻類が死んで分解するときに酸素を消費するため、魚が酸欠状態になって死んだり、渦鞭毛藻類の毒が貝類にとり込まれて、それを食べた人間に麻痺性貝毒という病気を引き起こしたりします。また藻類自身に魚や貝を殺す毒性があるともいわれ、漁業被害をひきおこしています。

赤潮は、旧約聖書の『出エジプト記』や『続日本紀』にも登場するくらい古くから知られている現象ですが、1960年代に増加しはじめ、70年代に発生件数も被害金額も大きくなって社会問題化しました。ことに頻発したのが瀬戸内海で、リンの排出規制など、栄養塩削減の行政指導が行われたわけです。ところが、ある程度までは被害が減ったのですが、そのあとはずっと横ばい状態といってよいでしょう。これは、リンや窒素だけでなく、ほかにも原因があるのではないかと考えられはじめました。

そこで私が10年ぐらい前から注目しているのが、リンや窒素に対してケイ素が足りなくなるという説です。ケイ素の存在形態のうち、ここで問題になるのは、シリカと呼ばれる海水に溶けているケイ酸のことですので、この説は「シリカ欠損仮説」(英語ではsilica deficiency hypothesis)と呼ばれています。

──ケイ素が足りない、といいますと?そもそもケイ素はどんな働きをしているのですか?

ケイ素は自然の風化作用によって、陸の岩石から溶けて流れ出し、海に注いでいます。健康な海を代表する植物プランクトンがケイ藻ですが、ケイ藻類が増殖するためには、炭素や窒素、リンのほかに、ケイ酸質の殻をつくるためにケイ素が一定の割合必要です。その比は106:16:1:16〜50であるといわれています。ケイ酸質とはつまりガラスのことですね。ケイ藻は、いわばガラスを殻にもつことで、光合成などの点で生態学的に有利になったといえるでしょう。

春になると、光の条件がよくなり、ケイ藻は活発に増殖します(スプリングブルーム)。ケイ藻の増殖は、海水中に溶けているケイ素を吸収しつくしたところで終わります。しかし、ケイ素が枯渇した状態で、窒素やリンが残っていると、ケイ素を必要としない渦鞭毛藻などの非ケイ藻類のほうが有利になり、有害な赤潮が起きると考えられるわけです。

──ケイ素は継続的に補給されないのですか?

確かにケイ素は常に河川で補給されているのですが、先ほどお話した、窒素:リン:ケイ素の比が重要だということを思い出してください。リンや窒素は、生活排水や肥料などの流入によって過剰になると、ケイ素が相対的に不足気味になります。

もうひとつの要因は、大きなダムが建設されて河川の途中に停滞水域ができ、しかもそこにリンや窒素が増えると、陸水性のケイ藻がリンや窒素と同時にケイ素も吸収してしまうことです。このため、ケイ素が海に流下する量自身も減ってしまうことがあります。リン、窒素の増大もケイ素の不足も、どちらも人為的な影響といってよいでしょう。

顕著な例としては、琵琶湖の例をあげましょう。琵琶湖はダム湖ではなくて自然の湖なのですが、富栄養化してケイ藻類が増殖しやすくなったため、そこから宇治川、淀川を下ってくる水は琵琶湖の上流に比べてケイ素の割合いが少なくなっています。このこととあいまって瀬戸内海に直接流入する窒素やリンもあるので、瀬戸内海の東部は本来の海水よりもケイ素の相対比が低くなっているのです。この海域は赤潮の発生件数が多いことが知られています。

ここで大事な話。図1は後で述べる瀬戸内海を航行するフェリーを使った観測で得られた窒素とケイ素の分布を示しています。淀川が直接流入する大阪湾北東部では窒素の濃度が非常に高いですね。そしてケイ素の相対比は大阪湾に近づくほど低くなっています。

ところが、有害な赤潮は、ここではなく、むしろやや離れた播磨灘付近で起きることが多いのです。大阪湾北東部で起こる赤潮の大半は、有害性の少ないケイ藻類のブルーミングなんですね。淀川河口近辺では、琵琶湖でその相対的比が減ったといっても絶対量としては多少なりともケイ素が直接流入するため、ケイ素の濃度も高くなり、このためケイ藻が有利になるのだと考えられます。同時にケイ素の相対比が少ない流入分は瀬戸内海の東部に拡がり、淀川河口からやや離れた播磨灘などで有害赤潮を起こすのではないかと考えられます。

このような考えはまだ必ずしも一般的になったとはいえないのですが、少なくとも有害赤潮発生のメカニズムは、リンと窒素だけでなく、ケイ素の挙動も考えに入れないと説明できないのです。