パンの歴史
パンの歴史は、小麦やとうもろこしなど穀物をひいた粉を水で溶いて焼いた、無発酵パンに始まります。インドのチャパティや中近来のナン、中国の餅、メキシコのタコス、フランスのクレープといったものがその名残りです。酵母で発酵させた現在のパンに近いものができたのは、紀元前三〇〇〇年頃の古代エジプトといわれ、発酵パンはその後、ギリシャ、ローマを経てヨーロッパ大陸へと伝わります。日本にパンが上陸したのは十六世紀の戦国時代になってからで、種が島に漂着したポルトガル船が鉄砲とともに伝えたとされています。しかし、実際に日本人がパンを知ったのは、フランシスコ・ザビエルらキリスト教宣教師の布教活動が盛lんになってからです。西欧文化の吸収に意欲をみせた織田信長は、南蛮服を着てパンを食べることを好んだ、という詰もありますが、その後、秀吉によるキリシタン迫害や鎖国などの影響を受け、パンはいつの問にか忘れ去られた存在となりました。パンが再び日本人の前に現れたのは、江戸時代(天保十四年)、幕府の要請で幕軍の洋式装備を進めていた、砲術家・江戸太郎左衛門がにぎりひようろうめしに代わる食糧として、戦用備蓄パン「兵糧がん丸」の試作に成功し、諸藩がパンを戦用食に採用するようになってからです。そして明治二年、木村安兵衛が酒まんじゆうにヒントをえて作った「あんパン」の登場によって、パンの存在はようやく一般庶民に知られるようになりました。安兵衛が作ったあんパンは、酒種で発酵させたパン生地であんを包んで焼いたもの。明治天皇に献上されお墨つきを頂いたことも手伝い、あんパンの噂はうなぎ昇りとなり、「銀座・木村屋のあんパン」は当時の大ヒット商品となります。あんパンに続き、その後ジャムパンやクリームパンなどの菓子パンが売り出され、パンは庶民に親しい食物となりますが、パンが米とならぶ主食として定着しはじめたのは第二次世界大戦後、学校給食に導入されるようになってからです。この頃から一般家庭にもパン食が並び普及しはじめました。
●酵母
古代エジプト人は、ビール醸造の際、ビール酵母の働きで偶然にふくらんだドゥ(パン生地)を焼いたことから発酵パンの製造技術を身につけたといわれています。パン作りに不可欠な酵母は、たんばく質やビタミンに富んだ微生物で、小麦粉に含まれる糖分を食べ、アルコールと炭酸ガスに分解します。この炭酸ガスがパンをふくらませる正体です。そして、パンならではの香りや微妙な味も酵母 のなせるわざです。酵母には、サワー種や酒種、ドロジー種、果実種などの天然酵母と、酵母を化学的に培養したドライイーストや生イーストなどがあります。市販のドライイーストは、入手しやすく扱いも簡単なため、家庭でパンを焼く場合は便利なものです。しかし、化学的に拡大培養する酵母は、その製造過程でリン酸やチッソなどの薬品が添加されています。ですから、安全でしかもおいしいパンを焼くには、天然酵母を使わなくてはなりません。
●添加物・農薬
パンには、小麦改良剤をはじめ、乳化剤、酸化防止剤、膨張剤、保存料など二〇種類におよぶ添加物の添加が許されています。添加物については、かねてより催奇形性や発ガン性などの危険性を指摘する声が上がっていますが、残念なことに、大工場で量産されるパンの多くは、いまだ添加剤づけの状態にあるようです。たとえば、小麦粉を漂白するための小麦改良剤には、薄めた過酸化ベンゾイルという薬剤が使用されますが、過酸化ベンゾイルは残存量が多いと人体に有害であり、しかも小麦粉に含まれるビタミンを破壊することが知られています。漂白した小麦粉で焼いたパンは、ビタミンなどの栄養価が低いばかりでなく、様々な危険をはらんだものであることを、私たちはもっと認識しなければなりません。添加物についで気になるのが農薬の問題です。日本の小麦自給率は、わずか一四%にすぎず、国内で消費する小麦のほとんどは、アメリカやカナダ、オーストラリアなどからの輸入に頼っています。輸入小麦は、栽培中に大量の農薬を浴びているだけでなく、収穫後も輸送中の船内などで、腐敗や害虫防止のため、くん蒸処理が施されます。これが今問題となっている輸入作物のポストハーベスト(収穫後農産物農薬散布)で、検査の結果、輸入小麦にはかなり高濃度の有機リン酸系の農薬が残留していることが判明しています。しかし、うれしいことに、農薬汚染された輸入小麦の現状に対し、無農薬あるいは低農薬の国産小麦と天然酵母を使い、安全でしかもおいしいパンを焼こうという業者も増えています。
●パンの栄養
小麦の胚乳部には、グルテンとよばれるたんばく質が多く含まれ、胚芽にはビタミンBl、B2、Eやミネラルが豊富です。また、小麦のふすまには食物繊維が多く含まれていますから、グラハムとよばれる全粒粉を使ってパンを焼くことが大切です。ただ、小麦のたんばく質には、米には豊富で体たんばくの合成に必要な必須アミノ酸の一種であるリジンが少ない、という欠点があるため、 たんばく源としてはあまり期待できません。
●パンの種類
パンの種類は多種多様です。そのなかから世界の代表的なパンをあげてみましょう。
バゲット
フランスパンを代表する棒状の長いパンで、皮がパリパリして中の気泡が大きく柔らかいものがよいとされています。
食パン
山形のイギリススタイルと角形のアメリカンスタイルがあります。サンドイッチ発祥の地イギリスでは、アフタヌーンティーのとき、きゆうりやスモークサーモンをはさんだフィンガーサンドをよく食べます。
黒パン
ライ麦で焼いた色の黒いパンで、ドイツやロシア地方で食べられます。特有の酸味が特徴で、根強いファンをもっています。
グラハムブレッド
全粒粉パン、フスマパンともよばれる、未精白の小麦粉で焼いたパン。
玄米パン
パン生地に玄米粉を混ぜて焼く日本独自のパン。
雑穀パン
パン生地にアワやヒエなどの雑穀を混ぜて焼いたパン。
チャパティ
主にインド地方で作られる、小麦粉を水で溶き平焼きにした無発酵パン。
パンを主食とする場合、全粒粉で焼いたパンの方が体によいのは言うまでもありません。その点、グラハムブレッドや黒パン(ライ麦パン)、ビタミンやミネラルの不足を雑穀で補った雑穀パンなどは理想的なものです。

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